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「全ては、吉田美和の歌を届けたいだけですからね。ブレないです」 いつもの穏やかな笑顔で、中村正人はそう話す。ドリ初の二週連続リリースとなる「ねぇ」と「生きてゆくのです♡」は、実際、「恋から愛まで」もブレることなければ、このタイミングでこの曲が届く、という驚きをやはり体感することができる。そう、いつものドリのように、時代の空気までうっすらと感じさせてくれるような2曲だ。 アップライト・ピアノと吉田美和の歌声で静かに始まる「ねぇ」は、赤ドリ作品。まずは、曲の内容をそのまま映したかのようなミュージック・ビデオを見て欲しい。冒頭、「わかるよ」という共感の言葉を呟いた、一人きりの吉田美和。しかし曲のヴァイヴがうねりはじめると同時に彼女の声は外へと広がり、DCT RECORDSの個性豊かなアーティストらが、声を重ねる。 「これはゴスペルじゃなく、合唱なんです」 アレンジの詳細まで最初から出来ていたという吉田美和は、そんな言葉で、中村正人にイメージを伝えたそう。中村は、続ける。 「ゴスペルというのは、もともと宗教の音楽ですからね。ジーザス・クライストへの想いを、みんなで歌う。でもここでの『合唱』というのは、吉田の想いが、一人一人に、それぞれの方法で伝わっていくものなんです。だから、たとえばLOVEさんに伝わった気持ちとehi(Who the Bitch)に伝わった気持ちと(浦嶋)りん子さんに伝わった気持ちは、それぞれ違うんです。でも、その『響かせるもの』は同じもので、つまりこの、歌詩なんです。だからこれは、まさに合唱なんですよ」 だいじょうぶ/最悪の時は もう過ぎているから--「ねぇ」で吉田が紡ぐ歌詩は、そっと、経験から導き出されたヒントで背中を押してくれるかのような言葉が胸を打つ。つまり、これみよがしなカラ元気でも、根拠のない希望でもなく、痛みと自問をたたえながらの言葉。それが、聴くうちに自分のこととして内側にとどまり作用していくこの感覚は、私たちの「これから」に何をもたらすのだろう。いつしか自分も合唱の一部として共鳴していくけれど、答えは、一つじゃない。 一方、青ドリと名付けられた「生きてゆくのです♡」は、タイトルのハートマークが象徴するように、軽やかにステップを踏みたくなるナンバーになった。トランペットの晴れやかな響きも、大空に向かって放たれるかのような吉田美和の歌声も、どこまでもオープン! 聴くうちに、こわばった心も脱力していくかのよう。 「生きることはね、そんなに難しいことじゃないんです。『生きてゆくのです♡』ってことですから」 そう話す中村正人によれば、吉田美和は何度も、この歌詩を検証していたそう。 「とにかく、詩が大仰に聞こえて欲しくないと。自分自身の背景なんて関係なしに、字面のとおりに、そのまんまで伝えたかったらしくて。降りてきたのは早かったですけど、検証を何回も何回もしてましたね」 それぞれの場所で合唱していく「ねぇ」と、スキップしながら進んでいけそうな「生きてゆくのです♡」--この2曲がさりげなく背中を押してくれることで、不思議なことに、いつしかわたしたちは想う力と願う力を再確認していく。どこに向かうのかわからない、この時代。だからこそこの2曲を聴いていると、大きな一つの声ではなく、小さなたくさんの声がスキップした先の未来へと繋がっていく、なんだかとても開放的な空気にホッとする。2010年の夏が、この2曲の記憶とともに輝かしいものとして、一人ひとりの中に刻まれますように--。 TEXT:NAMI SEZAWA |