「1!さあ、11ヶ月前に切るはずだったゴールを切ろう!そして・・・」

 「おっとっとー!なんと去年の6月、大方の予想を裏切って、yorimoでブログ一ヶ月連続更新を達成した中村選手が、まーだブログを続けていたんですねー。ご存知でしたかぁ?」

 「いやー、申し訳ない。私、ブログ評論家を長くやっていますが、全然知りませんでした。まさか自分のWEBサイトで365日連続更新をしていたなんてねぇー。」

 「まったく同感です。我々記者仲間の間でも、話題にすら登らなかったですからね。中村選手にスキャンダルでもあれば別だったんでしょうが。彼、目立ちませんからねぇー。ははは。」

 「俺もドリカムだっ!とかなんとか、キャンペーンがどうしたこうしたとか、斜め読みしたブログには書いてあったような気がするんですけど。一年経っても、これじゃーねぇー。はははは。」

 「で す よ ね ! ははははは。」

★ ★ ★

 大変な一年だった。ドリブログ連続更新、今日途切れるか、明日途切れるかと、ドキドキの毎日だった。ヤンキース、松井選手(僕はメッツ・ファンですが、サブウェイ・シリーズを含め、松井選手のヤンキース、めっちゃ応援してます)の連続試合出場記録のプレッシャーにはほど遠いものだとしても、気分的にはそのぐらいキツかった。

 とくにハニー達に「今日はサボっちゃってもいいじゃな〜い。思いっきり飲みましょ〜。うっふ〜ん。」なんて言われた夜は辛かった。調子に乗って「え〜い、どうにでもなれーっ!」なんて思った夜でさえ、朝方激しい悪夢にうなされ、汗だくで飛び起き、裸のままでブログった時も多々ある。

 でもそんな生活ともオサラバだ。6月からは「ロックトウサン」シングルのプロモーションに全力を傾けられる。DWL2007のための体力作りに集中出来る。そして、一年間つれなくしていたハニー達ともとことん愛を語らうことが出来るのだーっ。

 「さあ!!! ゴールを切ろう!!!

  これで終わりなんだ!!!

  今度こそブログを心配しないで、思いっきり酔えるんだ!!!」

 その時だ。何?これ、デジャブー?ドリカム・チーフマネージャー、A嬢の笑い声が響きわたった。

 「ほほほほほほほ!依田さんにお願いしておきましたからー」

 「えっ!」

 「ゴール、もうちょっと、先ですからー」

 「えっ!!!!!」

 「まささんー、ドリブロガーとお別れするの辛そうでしたからー、わたくし、見ていられなくって。明日から、元祖 yorimo さんにお引っ越しの段取りしておきましたから。もちろん今回は、いくらまささんが続けたいっておっしゃっても”一ヶ月限定”ですから、そこのところ、あ・し・か・ら・ず。ほほほほほほほほほほほほ」

「だでがーーー!!!
   (約一年ぶりに)だずげでーーー!!!
(これまた約一年ぶりに)だんどがじでーーー!!!」

 で、僕はついに、ターイッム、ボッカーン!

「2!あとがき、だっツーの!」

 中央公論新社の名倉さん(別名「俺ドリ」女番長)から、プロフィールに続いて「俺ドリ」に掲載する「あとがき」のリクエストがあった。

 まだ365日完走まで1日あるし、人間明日は何が起こるかわからないし、校正だって途中だ。なのに、ああそれなのに、名倉っちたらぁ〜。

 「あとがき」って僕のイメージだと、こんな風だ。締め切りギュリギュリのため旅館かホテルに缶詰にされていた作家さんが、やっとこさ全ての執筆を終えて、くわえタバコをくゆらしながら(残念ながら僕はタバコを止めました)、ウイスキーのオンザロックを片手に、物思いにふけった様子で書くもの。 

 そんな、長年憧れていた作家のイメージとはほど遠い現実の中で、「あとがき」を”予め”書き始める僕も、僕らしくていいかもしれない。場所は、ひなびた旅館でもゴージャスなホテルでもなく、冷房がガンガン効いて凍えそうなJFK国際空港のラウンジ。

 で、「あとがき」

 「俺ドリ」が書籍化すると決定してから、すっかり”ブログ”と”日記風エッセイ”の板挟みになってしまった。それほど、文章というものはその目的が大切なのだ、ということに気づいた。

 そしてこの「気づいた」「気がついた」「分かった」という表現が、どれだけ一年の間に登場したであろうか。つまり、文章を書く行為が僕に様々な発見をさせたのだ。

 発見の一つは「対自分戦争」を引き起こし、未だに解決に至っていない。しかしその多くは嬉しい発見だった。これからのドリカムにとっても、僕個人にとっても、必ず励みになるだろう。

 僕の人生に大きな意味を持つことになったドリブログの生みの親、読売新聞ヨリモの依田氏には心から感謝している。たとえこれが当時彼の意図したものではなかったにしても、昨年の7月以降、DCTgarden.comでのドリブログの継続を快く了解して頂かなければ、「俺ドリ」は存在しなかった。ヨリモから卒業した後も「元祖ドリブログ」で見られるように常に応援をしてくれた依田氏。書籍化に際しても本業だけでも多忙な中、ガッチリとリーダーシップを発揮して頂いている。

 中央公論新社の法輪氏と滝澤氏アンドTHE営業チームにも感謝。よくぞこんな”危なっかしい”本にGOサインを出して頂きました。その期待を裏切らない様に、「俺ドリ」を読者に一生懸命届ける所存でございます。

 同社、名倉氏アンドTHE校正チームに至っては感謝とゴメンナサイ。僕の未熟な文章を徹夜続きで構成、ゲラ化、校正してくれた。名倉氏に至っては依田氏との激しいバトルも「俺ドリ」を思えばこそ。「意志ある所に道あり」改めて彼女から教えられたような気がする。

 ステッキーな装丁や、何百枚もある写真をうなるほど見事に構成した、THEデザイナーnum.山影麻奈さん、ヴェリー・グッド・ジョブ!

 依田氏の一ヶ月連続更新作業を引き継いで、なんと11ヶ月一日も休まずドリブログ/ドリボードの管理/更新作業にあたってくれたのが、ドリブログ保安委員会のスタッフ。ほんとにご苦労様でした。僕が24時間昼夜構わずメールを送っても直ぐ返信があるという、僕以上にいつ眠っているのか分からない、働き者のチームだ。

 CDのためにオリジナル曲のカバーを承諾してくださった素野氏、高橋氏、その両氏と30年以上ぶりに繋いでくれた風間氏にも大感謝。この機会に乗じて、密かに中村正人名義のCDを作ることができたのも3氏のおかげである。

 ドリブログに登場してくれた全ての皆さんにも感謝。出会うこと、繋がることがどれだけ人生に於いて宝物となるか、強く実感した一年だった。

 そして最後に、2,270万以上のアクセスをしてくれたドリブロガーに感謝したい。あなたがいなければ僕の夢は叶いませんでした。マジです。本気です。涙がちょっぴりこぼれます。はい。

 こころの底から、「あっざーっした!」

★番外編★

 A嬢にも感謝してると言わざるをえません。キミの「ほほほほほ」が無ければ僕もこんなに頑張れなかったでしょう。ちょっと悔しいですがホントです。ドリブログ専用携帯、できるだけ早いタイミングで返します。

 最後DE最後に吉田さん。なんだかんだ言いながらも本当によく助けてくれました。写真撮影からネタの提案/提供まで、いっつも心配してくれてました。僕がドリブログをやってるからって、いろんな仕事を肩代わりしてくれました。吉田さんの協力無くしては一年連続更新はありえませんでした。ありがとね。そう、これは、僕らドリカムのドリブログなのです。

「3!ドリブログ、この際、一年の実績を数字で振り返ってみよう。」

 だからって、キミが振り返ってもしょうがないんだけど・・・。

DREAMS COME TRUE ドリブログ
 なんて、キャッチフレーズはあったものの、まあ、ドリブログの内容の偏り方といったら半端じゃなかったよね。

 正直僕も思うけど、一般的にはあんましおもしろくない話題ばかりだし、音楽に興味なかったり、ドリカムを知らない人にとっては、チンプンカンプンなことも多々あったんだろうなぁ。(ややしょぼん)

 そもそも、 yorimo で始まった時点から、ヨヨヨの狙いは吉田美和さんであって、ドリカムの男の方は”ついで”みたいなもんだったし、一年間毎日続けたと言っても、もっと凄いブロガーは他に山ほどいる訳だし、セクシーさとエロさでアクセスを集めるような要素はまるで無いし(メロメロ・フィンガー・テクニックぐらいじゃ〜ねぇ)、マスコミが興味を示すようなスキャンダルは皆無だし(これでも努力したのよ)、蓋を開けてみると僕の一年のほとんどはレコーディングとツアー(時々、半生試聴隊)に費やされているだけだし、海外に出掛けるたって、中田選手のように世界中を旅するようなカックイイものじゃなくニューヨーク・オンリーだし、ニューヨークにいるったってやっぱりスタジオとアパートを行ったり来たりの単純な生活だし。

 「なんだかなぁ〜。」

 でも、BUT、しかし、僕にとっては良い事ばかりだった。

 なんてったって、今、たった今、このドリブログを読んでくれているあなたと繋がったじゃない。ロックトウサン・シングル「きみにしか聞こえない」で僕らが言いたい事、「人は誰でも出会う力、繋がる力をもっている」
という想いの通り、あなたと出会い繋がってるじゃない。

 もちろん一見さんだって大歓迎だった。結果、僕に興味がなくても、僕が好きになれなくても、少なくとも出会う事は出来たじゃない。ドリブログがなかったらそれすら起きない。ゼロのまま。出会えさえすればこっちのもの。「いつかアナタもドリカムのCDを買いたくな〜る。エコエコエコ〜、トゥリャ〜ァ!」呪文(ダーク・フォースとも呼ぶ)はすでにかかっている。

 僕が一年を通して伝えたかったのは、ドリカムやDCTgardenのアーティスト達の作品。すなわち、「僕らの音楽」。

 ドリカムに限って言えば、ドリカムという名前だけで聴かず嫌いの人がいっぱいいたり、昔はよくCD買ったけどここ数年全然買ってないという人ばかりだったり、嫌いじゃないけどレンタルですましてるという声を聞いたり、まったく興味がなかったり。(以上、全国のCDショップを歩いてさんざんお客様から聞いた話。)

 だから、なんとか、今のドリカムを聴いてもらえるきっかけを少しでもつくれればと強く願って、毎日、ドリブログり続けた。(もちろん、さっきも言ったように、逆効果もあった)まさに「365日の悪あがき」。

 「あららら、最後に近くなって、僕の下心、見えちゃいました〜。」

 しょうがない。一年間これだけ濃厚につきあうと、さすがの僕も、ドリブロガーの前では丸裸です。(ちょっと恥ずかしいのでまだ隠してるところは一部分ありますが)

 それでは、ドリ保がまとめてくれたアクセス数で見るドリブログ。

2007年5月24日現在

●ページビュー ☆PV=ページビュー(閲覧数)

(2006/0601〜2007/0524 合計)
2,270万PV
(一日平均)
6.3万PV

●最大アクセス数の日

(一位)2007/0202 読売新聞全段広告DWL発表 15.4万PV
(二位)2006/1231 NHK紅白歌合戦 13.9万PV
(三位)2006/1222 新宿ゲリラライヴ 11.4万PV

●アクセスしてきた国

(一位)日本 (二位)アメリカ (三位)オーストラリア (四位)ブラジル (五位)台湾 (六位)シンガポール (七位)イギリス (八位)中国 (九位)カナダ (十位)フランス

 結論。もちろんアクセス数でいえばもっとすんごいブログはいくらでもあるだろうけど、僕個人で感想を言わせてもらえれば、「信じられない!」「ドリブロガーよ、愛してるぜ!」の二言。

 なんてったって、「合計2,270万PV!!!」です。

A嬢からの特別コメントをコピペ。

ホント“継続は力”ですね。1人1人、ドリブログをクリックするごとにパソコンのキーから“ありがとっ”“ありがとっ”て音が出るように設定したいくらいです。

「4!謎の撮影隊が僕らにピッタリくっついて離れないんですヨン。」

 それはニューヨークに来たばかりの数日間の出来事。謎の撮影隊と言ってる割には、しっかり顔出しで記念写真。

 前列左から、コーディネーターの梅田さん、ニューヘアースタイルが好評の「コイツ(耳のみ)」、音声の川崎さん、謎の撮影隊隊長の甲斐さん。中列左から、カメラマンの前田さん、僕の歌の先生の吉田さん、出来の悪い生徒の中村。後列、このスタジオの創始者、ジミーさん。

 隊長の甲斐さんは一ヶ月ぐらいまえからピッタリくっついている。そして隙あらば、哲学的な質問を次々と繰り出して僕らを困らせている。

 sumileで久しぶりにブライアン(ドリブログ0710を参照)やロビン(DWL1999や北米ツアーでドリカムのバッキング・ヴォーカルをやってくれた、ファンク・ザ・ピーナッツRのメンバー)と食事会をしていたら、いつの間にか隣りの席に座っていて、僕らのちょーくだらない会話の一部始終を記録していた。芸風としてはかなり“怪しい”。

 A嬢からの極秘情報によると、今後も暫く”ピッタリ”しているらしい。

 ”ピッタリする”といえば、あの「もし雪」ミュージックビデオ撮影で苦楽を共にした(ドリブログ1020を参照)「ディレク・スー」も数ヶ月前から、ドリカムに何か大きな動きがある時、”ピッタリ”している。

 2007年のドリカムは、どうやら、結成以来最大級に記録されてるようだ。DWLイヤーだからだろうけど、どうもA嬢が何かを企んでいそうでイヤな感じがする。(なんて言いながら、Tシャツも沢山買ったし、まあ、いっか。)

 でも職業柄とはいえ、自分の記録を残してもらえるのって幸せな気がする。自分でもこのドリブログのおかげで(現在のところ)ほぼ1年に渡る記録を残せてるしね。

 DWLイヤーが終われば、2009年の20周年まで残すところ1年になる。2008年は色んな記録を引っ張りだして振り返ってみるのもいいかもね。20周年からの新たな一歩のために。

 「あれれ、鬼が笑った!」

★業務連絡★

ツアー隊長のマスター山本からめっちゃ嬉しいメールが来たのでコピペ。

レコーディング・マスタリングお疲れ様です。5月26日、午前10時から始まりました札幌・福岡・名古屋・大阪公演の一般発売チケットは、発売開始から2時間弱で、「凄い勢いで売り切れました」と各地より連絡が入りましたので、取り急ぎ、ご報告させていただきます。

すんごーい!ほんとにみなさん「あっざーっす!」

「5!あれれれ、吉田さんがギターを弾くなんて珍しい!」

 厳しい歌唱レッスンの後、僕からギターを取り上げて、おもむろに弾き出す吉田さん。それに合わせて大声で歌う「コイツ」(ただ吠えてるだけとも言われる)。

 吉田さんは本当になんでも出来てしまう。見よう見まねでピアノだったりベースだったりギターだったり。(パーカッション、特にシンバルとティンパニーは本業と言ってもよいでしょう)

 僕はこんな人を「要領が良い器用なひと」と表現している。

 この種に属する人は、”見まね”の時の集中力と、その事象に対する分析力、解釈力、応用力、再現力がずば抜けている。その反面、練習してさらに上達しようなんて意思はあまりない(だって、すぐ出来ちゃうからしょうがない)。

 そんな人に対して、僕のような人を「要領が悪い不器用なひと」と表現する。

 僕の場合、中学2年の時、テニス部に入って(もちろん「エースをねらえ!」が切っ掛け)初めてテニスを習った時のことを思い出すとこんな特徴が見られる。

 いたって真面目に取り組む。基本に忠実にがモットー。基礎トレーニングや素振りの時点では誰よりも優秀。よって先生や先輩にも一目置かれる。

 ところが、実戦になっても基本を崩さない(崩せない)ためラケットは空を切るのみ。
「球をよく見て!」
なんて怒られると、今度は球ばかり見てしまいまたラケットは空を切る。「中村!実戦で素振りと同じじゃ戦えないだろ!臨機応変に対処しろよ!」なんて言われたら最後。
『えっ?じゃあなんであんなに素振りをやったんだ?』
自分の中でパニック状態。よって基本すら全然だめになってしまう。「中村は、素振りの段階では最高だったんだけどなぁ。」とガッカリされたことに、自分もガックリ。(ちなみに剣道のときもそうでした。)

 
『僕は体育系には向いてないんだ。よし文化系なら大丈夫だ。』
と、ギターを始めたものの、習って行くうちに、な〜んかテニスの時と同じ現象に陥って来る。そして重大な事実に気づく。

 
「あっちゃ〜!テニスをするにも、ギターを弾くにも、運動神経がポイントということには変わりないじゃんか〜!」

 ってなわけで「要領が悪い不器用なひと」に属する僕の問題点は、運動神経であることが証明された。(あくまでも中村正人の場合です。あしからず。)

 結論。ドリカムの二人は、よくバランスがとれている。(だってねぇ、十勝で育まれた吉田さんの運動神経は、ただものではありません。)

 そんなバランスがいいバンド、ドリカム。いよいよミックスの終盤にさしかかる。

 はい。もちろん、スケジュールはちょーギュリギュリです。(綱渡りともいう。)

「6!ウエスト・ヴィレッジは今日も快晴。駄洒落無し。」

 ふと顔を上げると、飛行機雲。マンハッタンの真上だったので、きっと僕が乗って来た飛行機と同じような航路を通ったのだろう。この天気だったら、上空から見るマンハッタンはさぞかしキレイ・キレイだったろうなぁ。

 エンジニアのエドさんが、暫く一人での作業が続くというので、「しめたっ!ラッキー!ロッキーはフォーッ!」ってな調子で近くの洋服屋(?)さんでショッピング。

 日本に帰ったら地獄のスケジュール(by A嬢)だから、沢山取材もあるし外に出て人に会う機会も多くなる。いくらファッションに疎いといっても「着たきり雀」じゃ、職業柄、ちとマズイ(らしい)。

 そこで、Tシャツをたんまり買い込む。でも、全部$20以下。CDより高いTシャツを買うのはどうも抵抗がある。Tシャツに対して恨みがあるのではないから、ファッション関係のみなさん、あしからず。TシャツとCDが同じ値段だったらどうしてもCDを手にしちゃうので、今回のラッキー・ショッピングの意図に合わないでしょ。ワードローブを増やすのが目的。

 選んだ柄が、ラジカセやらヘッドホンやらミキサーやらでヒップホップ色が強かったもんだから、レジの男の子に「ユー!ダンサー?」なんて声を掛けられてしまった。「ノー!ミュージシャン。」と即答。逆に「ユー
!ダンサー?」
と聞くと「ノー!シンガー。」という答え。さらに「ユー
!プロデューサー?」
と聞かれたので「イエス!オールソー ベース プレイヤー。」と答えると彼はレジにならぶ長蛇の列のお客さんをほったらかして、僕に連絡先を教えてくれた。

 そう。チャンスの神様はいっつも”マッハ”で走ってるんだもんねぇ。

 スタジオに戻ると、アシスタントたちがレセプションに集まって、コンピューターで自分の曲を披露し合っている。僕が聞いてもハッとするような作品ばかりだ。

 「グレイト サウンド!」と褒めると、ちょっと恥ずかしそうに、でもキラキラした目で嬉しそうな顔をした。

 『みんな、頑張って夢を叶えるんだよ!』

 なんだかお父さんのような気持ちになった一日だった。で、本当にお父さんになる日が来るの?という質問には、こう即答。

 「ワタシ ニホンゴ ワキャリマシェ〜ン。」

 そう。恋の神様はいっつも”光速”で走ってるんだもんねぇ。(ちなみに僕の力量では、光速を捉えることは200%不可能。)

「7!なな(7)、な(7)んと、緊急事態発生!」

 江戸川さんが救急車で病院に運ばれてしまった。

 スタジオで突然気分が悪くなり911コール。救急車を待つ時間って本当に長く感じる。やっと救急隊員が到着したら、彼等、ちょっとめんどくさそう。なんかアメリカのテレビドラマで見る印象とは全然違う。

 おかげさまで大事には至らず、夜中に彼から電話があり、かなり元気そうな声。

 「MR.ナカミューラもそろそろ気をつけて下さいよ。我々同い年なんだから。」と余計なお世話。彼が大丈夫な証拠。

 てなわけで、MY機長がお休みなので、「コイツ」と吉田さんといっしょに徒歩でスタジオへ。

 「徒歩で」と言ったけど、実は僕の前のアパートはスタジオのすぐ近くだったから、ELSへ車で行ったことなんかなかったんだっけなぁ。

 ソーホーの真ん中を貫くウエスト・ブロードウェイを通って約50分ぐらい。天気が良いので気持ちいい。ソーホーにも新しいショップが次々とオープンして活気が戻って来ている、とは、吉田さん情報。

 あの日(911)、吉田さんのアパートから必死で避難していた時、まさに写真に写っているこの辺りに辿り着いた瞬間、ワールドトレードセンターの一棟目が崩れた。

 普段はとっても華やかで、週末ともなると沢山の観光客で賑わっているこの通りが、押し殺したような悲鳴で包まれた。肉眼で見ているのに実感がない、そんな不思議な状態だった。

 たった今も世界中の至る所で悲しい出来事が起きている。ああ、やっぱり今日だけでも精一杯生きなくちゃ。(戦争をしても良い国にしては、絶対にいけません。国益のために戦争をしていいというなら、自分の利益のために人を殺してもかまわないと憲法で決めるのと同じです。国益を守るというなら、国益のためというなら、他に方法はありませんか?繰り返された大戦で、国のために命を捧げた多くの人たちとその家族のためにも、戦争を終わらせるという大義のために落とされた原爆で犠牲になった多くの尊い命のためにも、国益を守るために命をかける仕事に赴いてる人たちのためにも、お願いです、何度でも、よく考えてみてください。こんな重大な決断を雰囲気に任せてはいけません。)

 ミックスはエドさんのハードワークに支えられて、なんとかスケジュール通り。その合間をみて、吉田さんから厳しい歌のレッスンを受ける。なんのためかって?それは、天と地がひっくり返ったら白状します。あしからず フローム ニューヨーク。

 それにしても、元祖でヨヨヨがブログってる内容がイマイチ理解出来ないのは僕だけ?

★業務連絡★

「きみにしか聞こえない」FM AICHI POWER COUNTDOWN A100
ZIP HOT 100でもチャートインとドリブロガーから報告あり。しかも「大阪LOVER」とのダブル・チャートインらしい。僕、うれすぃー。

「8!えっと〜(8)、や(8)っぱり、や(8)〜めたっ!」

 今更ニューヨークであった辛い出来事をブログっても仕方ないもんね。

 だいたい辛い思い出って、一旦思い出し始めると、芋づる式に蘇って来るという特性を持ってるから、思い出し始めないに限る。

 それに、僕には「コイツ」がいるじゃない。

 どんなにニューヨークに拠点を移すことが大変だったにしても、結果、「コイツ」に出会えたじゃない。 

 悪いこともあれば良いこともある。僕は密かに「人生トントン説」を信じていたりする。

 21年前、僕と吉田さんもお互い最悪の時に出会った。その当時、それぞれが最悪の状況に追い込まれていなければ、またそれぞれがとある場所に仕事に行く事も無かっただろうし、したがって出会う事もなかった。つまりドリカムは生まれていなかっただろう。

 ドリカムとして活動して来た過去19年を振り返ってもそうだ。最悪の状況から常に学び(あるいは、学ばざるをえなかった)、未来に繋がるヒントを見つけ出して来た。

 こう表現するとカッコ良過ぎだが、とにかくあがいて来た。アリ地獄の場合(まだ僕は落ちた経験はない)、あがけばあがくほど状況が悪くなるというが、人生の場合は違うと思う。”悪あがき”と言われようが、人から
”みっともない”と笑われようが、あがけば必ず未来に繋がる何かを手に掴む。ヘトヘトになって倒れ込んでしまっても、気づくとその何かを手に掴んでいることだってある。

 人生の大半を他者の犠牲のもとにうまくやったとしても、最後にドカンと払い戻さなければならない。決して裕福ではないけれど人生をひた向きに歩めば、お金では絶対手に入らない幸せを日々感じることが出来る。

 人としてたった48年のキャリアだが、世の中をちょっと注意深く観察すると、これに当てはまらないことは殆どない。当てはまらないように見える場合でも、その期間がふつうより長いだけだ。

 悪いこともあれば良いこともある。その逆も真なり。

 その時のために「徳を積め」と多くの優れた人物が説いている。なんだか損得勘定のようだが、そうではない。人に対して社会に対して「善い行い」をすることが、いつかは自分にも幸せとなって還って来るという意味だろう。

 ちなみに僕の「徳貯金」は、「対自分戦争」にも現れている様に、マイナスになってるような気がするのです。はい。

 んじゃぁ、只今から、一日一善!

 
「吉田さーん!今日は僕が『コイツ』を散歩に連れて行きますよ!なんだったら、ブラシもかけますよー!」

 って、そういうことじゃないんだよねぇ。

「9!そうだ!スタジオ変わったの、まだ、言ってなかったよね。」

 久しぶりに(確かLOVE OVERFLOWS以来だから4、5年ぶりかなぁ)ダウンタウンにあるElectric Lady Studiosに戻って来た。

 僕にとって、このスタジオは、特に思い入れが強い。

 もちろんジミー・ヘンドリックスのスタジオとしてスタートし、数えきれないほどの名盤を生み出したスタジオとして世界的に有名なんだけど、なんてったって吉田さんの初のソロ・アルバム「beauty and harmony」
を録音した思い出深い場所なのだ。

 7年も掛かってやっとこさどうにかロンドンでの仕事に慣れてきた僕にとって、吉田さんがニューヨークに行きたいと言った時はすんごく動揺した記憶がある。

 だって、ほら、何度も言うけど、僕、究極の出不精でビビリでしょ。ロンドンで仕事するのでさえ痩せ我慢の連続だったのに、あの”恐ろしい”
ニューヨークで仕事をしなければならないなんて、考えただけでもゾッとしてたんだ。

 しかも当時、DWL1995の音源のミックスのやり直し(やり直しなんて最悪の状態に至った訳を話したくても話せない所が辛い。)を同時進行してたもんだから、昼間はアル・シュミットやハービー・メイソン、チャック・レイニー、デヴィッド T.などの大御所達とチョーキンチョー&ストレス全開のレコーディング。その後、夜中に徒歩で8丁目から40丁目ぐらいまで一人で移動して(今考えるとちょっと恐ろしい)マイク・ピラとライヴのミックス。朝方終了してホテルに戻ってからその日にやる曲のアレンジ作業(あれ?いつ寝てたんだ?)なんて毎日だったから、残念ながら辛い思い出しかない。同時に”火事場のばか力”ってほんとうにあるんだなぁ、なんて妙な自信をつけた日々でもあった。

 でも、ニューヨークで本当の”辛さ”を知ったのはそれから2年後の話になる。

 つづく(かどうか未定。)

★業務連絡★

みんなの呪文がどんどん効いてるのか、ロックトーサン・シングル「きみにしか聞こえない」が発売(0613)前なのにOSAKAN HOT 100
TOKIO HOT 100にチャートインしたという嬉しいレポートがドリブロガーから届いた。我らがDCT recordsのアーティスト、LOVEさんの「過ちのサニー」が配信開始後、OSAKAN HOT 100にチャートインしたのを皮切りに、今度はunderslowjamsさんの「zionの森」が、
DCT records”PIZZA”発売後に
TOKIO HOT 100にチャートイン。沢山のリクエスト、これからもよろしくです。「エコエコ・デナンミ・ビナトスエクリ〜。」

「ドリブログ連続更新365日まで、のこり10カウントだーっ!」

 言い換えると、「10!9!8!7!6!5!4!3!2!1!ターイム ボッカーン!」っていうこと。

 もっと言い換えると、355日も毎日ブログってるってこと。

 これは誰に自慢してるとか、褒めてほしいとか、「他にもっと連続更新してる人いるんだからアンタなんてたいした事無いじゃん」とか言ってもらいたいのでは全くない。

 僕は、”更新し続けてる自分自身”に心底驚いてるのだ。(さすがの吉田さんでさえ驚いているんだから、これはかなり、すんごい。)

 今日からニューヨークはいいお天気が暫く続くという予報。この一週間、ほんとドイヒーな天気だったもんなぁ。風は少々冷たいけど湿度は低くて気持ちいい。打ち合わせで、午前中、アッパーウエストサイドへ。

 話をドリブログに戻そう。

 48年生きてきた人生の中で(もうそろそろ精神的にも大人にならないとねぇ)、1年間1日も休まず(現在はあくまでも希望的観測)何かをやり続けた事があっただろうか。(もちろん生命維持に必要なファンクションは除く。)

 日記なんて問題外。ジョギングだって雨天中止。ベースの練習だって休む時があるし、愛して止まないこの仕事でさえ1年に1、2日ぐらいはオフになる。電話をしない日なんてざらだし、恋する気持ちを忘れる日だってある。歯磨きとシャワーをカウントしていいなら話は別だが、「365日休まずやった事」としては、イマイチ。

 で、凄いとか凄くないとか、偉いとか偉くないとかいうレベルじゃない所で、ほんとうに驚いている。こうしてブログってる今でも信じられない。

 ましてや我がドリブロガーのことを思うと、「ひょっとして?!まさか?!うっそーっ!」、一日も欠かさずアクセスしてくれた人もいるんじゃないかという、淡い妄想(?)をしてしまう。

 365日全部アクセスしたんじゃないにしたって、僕とガチンコで一年間過ごしたみたいなもんだから、それはそれで最上級形ですんごい(すんごいエスト)ではあるまいか。

 あまりの感動に涙でほほを濡らしていたら、A嬢からメールが届いた。以下、コピペ。

 おはようございます。無事、帰国致しました。

 滞在中、XXXの撮影&膨大な確認事等、ありがとうございました。

 「XXX」が生まれる瞬間に立ち会えて感無量でした。

 帰国後は地獄のようなスケジュールが待っています。せいぜいレコー

 ディングで心と体を休め、リフレッシュしてご帰国ください。

 「レコーディング DE リフレッシュ?!」

 世の中、驚くことは、まだまだある。

★業務連絡★

昨日の「コイツ」の写真撮影は、吉田さんでした。何故なら「コイツ」は吉田さんに似て性格が真っ直ぐなので、「は〜い、こっち見て〜!アイズ・トゥー・ミ〜!」なんて頼んでも僕の言うことを聞いてくれないからです。はい。

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