「あれれれ?吉田さんちの子は、子鹿のバンビ君でしたっけ?」

 それともちっちゃいコヨーテ君?カンガルー君?100歩譲って犬だとしても、チワワ君?

 よく見てみると、なんとまあ!「コイツ」じゃあ〜りませんか。彼は確か、「毛の生えた矢印(08131021)」、あるいはヨークシャーテリアという種類の犬じゃなかったでしたっけ?

 JFK国際空港に降り立ってまず驚いたのは、ヘアー・カットしたばかりの「コイツ」を見た時だった。吉田さんなんてあんまりビックリしたもんだから、即行弁護士に電話して江戸川さんを訴える準備に入っていたぐらいだ。

 はい、ご明察。「コイツ」をこんな姿にしたのは江戸川さんです。もっと正確に言うと、僕らがニューヨークに来る直前、江戸川さんが「コイツ」のカットを毎回頼んでるグルーマーに、「いつもの通りに頼むよ。」
と預けたら、こんなになって帰って来たらしい。つまり江戸川さんは、自分の責任ではないと主張している。

 しかしながら吉田さんは、「コイツ」のニューヨーク生活全般(ヘアーカットを含む)については江戸川さんに責任があると反論。変わり果てた元ヨークシャーテリアの「コイツ」の姿に涙し、また携帯電話を手に取るのであった。

(ここまでの記述については多少の脚色あり。)

 でもね、だんだん見慣れて来ると、これはこれでめっちゃかわいいのよ。しかも、あんなにショックがってた吉田さんまで「コイツ」のこと
「コヨーテちゃ〜ん!カンガルーちゃ〜ん!」なんて呼んじゃって、喜んじゃってるのよ。スタジオに行ったって皆からバンバン注目浴びちゃって「コイツ」も気分良いらしいのよ。

 ってなわけで、「コイツ」のニューヘアースタイルを「俺ドリ」に収録することができて、僕的には江戸川さんに感謝状を送りたいぐらいだ。

 レコーディングはミキシングに突入。吉田さんのミラクル満載の作品がどんどん形になってくる。興奮します。

★業務連絡★

エンジニアのエドさんと、アシスタントの江戸川さんは別人である。ドリブロガーの中に二人を混同している人あり。ドリブログ1013で再確認のこと。

「うわ〜い!どぅわいちゅきなブリャスゥ・レコァディングどぅわ〜。」

 前にも言ったかもしれないが、ニューヨークに着いて一週間は、日本語も英語もひどい状態になる。つまり、自分でも何を言っているのか分からない状態が暫く続く。

 英語で考えてるのに日本語でしゃべり始めてたり、英語の文法で日本語が出て来たり、もう頭の中は大混乱。バイリンガルの人はすごいなぁ。

 愛の告白のメールしてる時も同じだ。英語の文を延々ローマ字表記で書いていたりする。例えば、「I love you.」 を 「Ai labu yuu.」ってな具合。

 でも、音楽する時は、でぃや〜じゃ〜びゅ。音楽は世界共通の言葉だからね。

 で、今回の最後のレコーディングはブラス。

 左から、トロンボーンのOzzie、トランペットのBarryとご存知Greg、一番右がサックス(バリトンも演奏してくれた)のDave。

 全くの偶然なんだけど、タワー・オブ・パワーの卒業生が3人もいた。
ってことは、息が合ってるなんてもんじゃない。どんなふうに吹くか軽く打ち合わせただけで、4人のアーティキュレーションはビッタし。一人一人の一音一音が”鳴ってる”もんだから音が輝く輝く。音量がどんなに小さくても、他で楽器がガンガン鳴っていても、クッキリスッキリ、ブラスセクションの音が映える。

 これなんすよ。僕の求める音は。上手いにこしたことは無いが(もちろん彼等は激上手い)、勝負は音そのものなんすよ。最高の”音”をひとつひとつ重ねることによって「ドリカム品質」が可能になるんすよ。

 ところでこっちの天気はめちゃくちゃで、昨日半袖だったら今日はセーターみたいな真夏と真冬を行ったり来たり。ピーカンだったり土砂降りだったりで典型的なマンハッタンの天気でやんなっちゃうよ、とニューヨーカーたちはぼやいている。

 サブウェイ・シリーズの真っ最中で、やっぱりニューヨークは大盛り上がり。このスタジオでも「ヤンキース・ファン(江戸川)とは一緒にご飯を食べたくない!」なんてドイヒーなことを言うメッツ・ファン(中村、吉田、ブライアン)続出。ちなみにボストン・レッドソックスのファン(エド)は全く興味ない様子。

 「やっぱりニューヨークは、おもひょりょい〜。」

「左手下に、マンハッタンがよく見えま〜す。」

 機長(今回はMY機長ではない)の親切なアナウンスでマンハッタン島の写真をゲット。

 ニューヨーク便がかならずしもこの航路を通るとは限らないので、僕、大はしゃぎ。

 「やったー!やったー!ヤッターマン!」(あれ?ドリブロガーと被ってますか?)

 手前がドリブログでおなじみのハドソン川。ということはぁ〜、は〜い正解です。左が北だよね。

 セントラルパークを含むアップタウン、トランプタワーやクライスラー
・ビルディングがあるミッドタウン(六本木じゃない)、よく見るとマジソンスクェアー・ガーデン(DCTgarden “THE LIVE!!!”、楽しんでくれたかなぁ〜)やエンパイアーステート・ビルディングまで写ってる。

 T-9ちゃんを持って窓にへばりついてる僕を見て、隣りの席の吉田さんが一言。

 「そんなの、今の時代、インターネットでいくらでも見れるでしょ。」

 つれない言葉に少々凹むが、『それも、そうだな〜。』なんて納得してしまうのが現実。

 この前ニューヨークに来た時も、スタジオのコンピューターでスタチャの衛星画像をみたら、道に止まってる車まで良く見えるので驚いた。これ、悪い事を企んでるヤツらにとっては使える情報だし、第一プライバシーの問題はどうなるわけ?ムカつきながらもあっちこっち見て回り面白がっている自分に、人間の不条理を感じる。

 東京〜ニューヨークを行ったり来たりしているので一見ゴージャスに見えるが、様々な要素を考えると非常にリーズナブル。しかも世界中の音楽が集まる場所。最新の音楽事情もつぶさに知ることが出来る。

 DCTgardenに集うアーティスト達をより理解するにも、吉田さんのアレンジに対するリクエストに対応するにも、音楽情報のアップデートは欠かせない。なにかと出不精な僕にとっては最高の環境だ。

 5時間遅れで、LAから”あの”グレッグ・アダムス(元タワー・オブ・パワーの名アレンジャー)がJFKに到着予定。僕のアパートに直行してもらいブラス・レコーディングの最終打ち合わせ。僕の提案したアイデアをどんな風に膨らませてくれるか楽しみだ。

 さて、シートベルトを締め直してっと。

 「あれっー、吉田さーん、もうDSもPSPもしまってくださいよー!」

30数年前、ライヴで一度しか聞いたことのない歌、「Sun Love」。

 高校生の時、他のアーティストのライヴを見る事も大切な勉強と、師匠の風間氏に連れられて見たのがサンシャイン・キャリフというバンド。多分、ポプコンの予選か何かだったと思う。

 素野氏も認める(これは当時の僕にとっては大変な名誉であり、僕もいつかはそうなりたいと願っていた。)プロといっても全くおかしくない実力のあるメンバーで構成されたバンドだった。 

 彼等がエントリーしていた楽曲が「Sun Love」。

 この曲を初めて聴いた時は「キャンディ・グライダー」と同じぐらい大きな衝撃を受けた。

 高橋利之氏の作詩、作曲によるこの曲は、ギターの解放弦の長所を生かしたメジャー9thコードが印象的な、壮大な楽曲だ。

 それまでトライアードか、いいとこ7thしか理解できなかった僕にとって、9th、11th、を含むコードや、いわゆる分数コードとの出会いは、僕の音楽の世界を一気に広げた。まさに井の中から飛び出した蛙のような感じだ。

 シンプルだけどたった1小節で心を掴むイントロのリフ。ハーモニーとともに歌われる、出だしだけで一瞬にして楽曲の世界観を伝えるAメロ。詩と完全にリンクするメロディーとコード観をもったBメロ。すんごくキャッチーなのに魂に直接触れて来る重厚なサビ。聴く者に楽曲の世界を染み込ませる時間を提供する間奏。そして何よりも、これまた一声聴いただけで絶対に忘れられなくなる高橋氏の卓越したヴォーカル。

 こうやって「Sun Love」の解説をしていると、まさに、僕がドリカムの作品づくりで目指している全ての条件を満たしている事に気づく。

 いや、順序が逆だ。「Sun Love」に出会ったことで、僕はそのような作品づくりを目指すようになったのだ。

 実は高橋利之氏と、ちゃんとした面識は一度も無い。サンシャイン・キャリフのライヴを聴きに来ていた一人の高校生が、それ以来「Sun Love」に恋をして、文化祭や予餞会で歌い、ベーシストになった今でも家でこっそりギターを取り出しては歌っている事を、つい最近まで高橋氏は知らなかった。

 僕の記憶だと、風間氏や素野氏を通して「Sun Love」を歌う許可を頂いた覚えがある。また両氏に歌詩やコードを教えてもらったこともある。しかし、高橋氏と直接お話をさせて頂く機会はなかった。

 30数年前、たった一度だけ聴いた曲がこれだけ僕に影響を与えたことを考えると、「音楽の力」に畏敬の念をもたずにはいられない。

 さて、ドリブロガーは勘が鋭いから、もう気づいているだろう。

 「俺ドリ」に収録させてもらう2曲は、「キャンディ・グライダー」と「Sun Love」以外には考えられない。

 僕がこうして本を出版させてもらえるのも、僕の人生を変えた3氏との出会い、しいてはこの2曲なしではあり得なかった。

 「今までの人生、お世話になったのにも関わらず、不義理、無礼、恩知らずを積み上げて来た僕にとって、充分というにはほど遠いけど、感謝の気持ちを表すことの出来る貴重な機会を頂いたと思っています。」

 風間氏の協力により、素野氏とは30年ぶりの再会、高橋氏とは初めてお話をさせてもらい、各曲のカバーの了承を頂いた。責任重大。しかも、ヴォーカルRECは吉田さんが全面プロデュースの予定。

「元歌手&元立ち位置@センター 中村正人、気合い入ってマスカラ!」

★業務連絡★

文字データがこの3日間で膨大な量になっちゃったから今日は写真UPお休み。あしからず。でもどうしても「音楽家 中村正人のはじめて物語」を「俺ドリ」に収録したかったんだよね。どうぞご理解を。

名倉さんへ。365日が近づくにつれ、あれもこれもドリブログで言いたくなっちゃって文章長くなってきちゃった。どうしよう。ゲラも校正も間に合うかなぁ。

あっ、そうそう。レコーディング、すんごいです。吉田さんが奇跡のパフォーマンスを連発。作品にかける根性も執念も僕を上回ってます。DWLイヤーは、なんかマジックに満ちあふれてます。

1970年代、市川のフォーク村といっても本当の村があった訳じゃない。

 時には公園に集まったり、時には公民館を借りたりして、それぞれの作品を発表し合う場所があった。喫茶店や楽器屋さんの練習スタジオもアマチュア・ミュージシャンの溜まり場だった。

 そんな集団の中心的な存在が素野哲氏。僕の師匠の風間氏は、哲氏のもとに集まるミュージシャンの中の新人達の育成を担当していたらしい。

 素野哲氏の歌声を初めて聞いた時の衝撃は忘れられない。

 当時の傾向として、歌の上手さはあまり問われない時代だった。詩があくまでも優先されていたためなのかもしれない。

 ところが哲氏のヴォーカリストとしての”上手さ”やスタイルは、洋楽以外では聴いた事の無いものだった。奥行きのある唯一無二の声。詩によって多彩に使い分ける発声方法。セクシーなのに清らか。まるで”欧米のガイジン”のようなヴォーカリストだった。

 さらに僕を驚かせたのは、哲氏の歌っていた何百曲というレパートリーが全て彼の作詩、作曲によるオリジナルであるということだった。

 洋楽のスタンダードのような曲を書ける日本人が存在することが、ただただ僕を驚かせた。

 当然のことながら、僕はすっかり哲氏の虜になった。風間氏が師匠なら、哲氏は教祖みたいな存在だ。

 それからというもの、哲氏のお宅に上がり込んでは、一日中歌を聴かせてもらっていた。何曲も何曲も、日が暮れるまで歌ってもらっていた。まるで母親に次々と絵本を読んでとせがむ子供みたいに。今思い返すと、哲氏にしてみれば大変な迷惑な話だったに違いない。

 哲氏の作品の中でとりわけ好きだったのが「キャンディ・グライダー」という曲。恋人たちがキャラメルの空き箱で作った紙飛行機に二人の想いを込めて飛ばすというあまりにも純粋な愛の歌。導入部分の斬新な譜割りや、男女が交互に歌うスタイル。途中テンポが変わってまた戻る自由な作風。どれもこれも僕にとっては目から鱗の新しい世界だった。

 あまりにもこの曲が好きで、高校時代のバンド名も「キャンディ・グライダー」(1125参照)にしたぐらいだ。(文化祭に際して手製の「キャンディ・グライダー」ロゴ入りTシャツまでつくっちゃった)

 もちろんこの曲が(哲氏が好むと好まざるとに関わらず)僕のバンドの重要なレパートリーだったことは言うまでもない。

 で、なんと、僕の音楽の教祖、素野哲氏と30年ぶりに再会。昔のように「キャンディ・グライダー」を歌って!歌って!とせがんだ様子をUP。

 写真の下に写ってるのは当時の直筆の譜面のコピー。

 ムトゥにも助っ人してもらって、「キャンディ・グライダー」オリジナルバージョンを収録。だって素野哲氏、当時の音源を全て処分してしまったと笑うだけ。急遽、超多忙な中無理を承知で御願いした。

 30年ぶりに聞いた歌声は当時のまま。僕も一瞬のうちに高校生だった頃にタイムスリップ。2階の部屋に差し込む夕日のなかで歌う哲氏の姿がリアルに目の前に出現した。そして哲氏が突然歌を止めると聴かされて59(号泣)した日のことも。吉田さんの言ってる通り、歌はタイムマシンだ。

 
「哲さーん!歌声が聴けて震えるほど嬉しかったです。あのころの他の作品もまた録りに行きますから!」

 そんな素野哲氏と交流があったのがサンシャイン・キャリフというバンドをやっていた高橋利之氏。彼の楽曲が僕の人生に与えた影響は計り知れない。

 つづく。

★業務連絡★

ドリブロガーから、オフィシャル呪文の「エコエコ・デナンミ・ビナトスエクリ〜。」が効き始めてるというレポートあり。すんげ〜!

レコーディングをしていたら、突然、またあの感覚に襲われた。

 
「うわ〜、僕、プロのミュージシャンとして仕事してるんだ〜。」

 音楽で(やっとこさ)ご飯が食べられる様になってから25、6年経つのかなぁ。「なぁ。」なんて曖昧な表現なのは、その最初の8年位は、ツアーの谷間だったり仕事が無かったりしたらアルバイトもしてたので、プロだったと言い切るにはちょいと恥ずかしいし、(正直な話)明日プロとして存在出来るか本当に分からない種類の職業なので、こんな言い方になってしまう。

 今現在でも、プロとして仕事をしている自分の状況が夢の中での出来事のように思えてしまうようなヘンな感覚に襲われる。

 そんな時、感謝の気持ちと供に、 必ず脳裏に浮かぶ3人の人物がいる。

 
「あの人たちに出会わなければ、絶対今の音楽家としての自分はなかったよなぁ。」
(この「なぁ。」は曖昧な意味ではなく、深く深く物思いにふける様子を表す。)

 その3人とは、風間健典氏、素野哲氏、高橋利之氏。

 風間氏との出会いは、僕がフォークギターを本格的に始めた中学生の頃、同じ学校に通っていた妹さんの紹介で、ギターの家庭教師(といっても毎日のように氏の自宅におじゃましたのだが)を引き受けてくれたのが始まりである。(と思うが記憶が定かでない。後に修正の可能性あり。)

 8つ年上で当時大学生だった風間氏は、今考えても感心するほど良く練られたカリキュラムでギター演奏を教えてくれた。

 それだけではない。練習そのものの仕方や他のミュージシャンとのセッションの仕方、レコード/ラジオから音楽を学ぶ方法、しいては、中古レコード屋さん(主に銀座、新宿、渋谷)回りの極意まで、音楽する方法の全てを教えてくれた。

 ただのギター小僧だった僕は、それからのアマチュア時代10年以上を、風間氏の背中を見ながら歩むことになる。その関係はまさにオビ・ワンとアナキンのようだった。国府台高校の元文化委員長(同高校の文化委員にとって歴代の委員長は神様のような存在だった。)でもあった氏は、真の意味で、僕のジェダイ・マスターだった。

 同時に、風間氏は、ソウル/ジャズ系セッション・ミュージシャンの研究家でもあった。特にDavid T. Walkerに関しては世界一のコレクターである。壁や床一面に積まれた数えきれないほどのレコードをむさぼり聞く日々。それが現在の僕を作る上でどれだけ大切な時間だったかは、どんなに言葉を尽くしても尽くしきれない。

 僕がJ−フォークから「はっぴーえんど」を経由してR&B/ソウル/ファンク系音楽に大きく傾倒して行ったのは200%、氏の影響である。

 また、フォークギターしか知らなかった僕にベースを弾く事を勧めてくれたのも風間氏だ。ひょっとしたら風間氏は早くから僕にギターの才能が無いのを見抜いて、ベースへの転向を促してくれたのかもしれない。

 風間氏と出会っていなければ、吉田美和のbeauty and harmonyの2作は生まれなかったし、マービン・ゲイやバリー・ホワイトが亡くなった時に一晩中59(号泣)しなかったし、David T. Walkerと仕事をする幸せにも与れなかったろうし、なにヨリモ、ドリカムの中村正人は存在していない。

 そんな風間氏に、ある日、千葉県市川市にあるフォーク村のリーダーのもとへ連れて行ってもらう。そのリーダーが素野哲氏だ。

 つづく。

★業務連絡★

[その一]

「正夢BOX」にあった「夕べ」について、マスター山本をリーダーとするツアー制作チームから結論がでたらしい。詳しくはDCTgarden.comを、プリーズ・チェッキラーウト!

[その二]

ロックトウサンシングル「きみにしか聞こえない」のMVの話題、スポーツ報知さんに大っきく取り上げられて、僕、ウレスィー。

出版業界のBPMは早めだなぁ。

 「俺ドリ」の出版が決定したのがつい最近だと思っていたら、スタジオに向かう途中ヨヨヨから電話が入って、いきなり「あの〜、ちょっとミーティングしたいんですけど。」との要請。ここのところのヨヨヨの貢献度を考えると無下に断る訳にもいかず、「ちょっとだけよ〜ん。」なんて答えてから後悔した。どうもヨヨヨと出会ってからアーティストとしての重厚感に欠けて来たような気がする。最低でも「突然だなぁ。でもなんとかスケジュール調整するから、そしたら電話掛け直すよ。」ぐらいの勿体振った態度でもよかったのではないか。

 またなんか「聞いてね〜話し」でもされるのかと(さすがにもう驚き疲れているけど)ちょっとドキドキしていたらなんと本のカバーのデザインが上がって来たという。出版業界のBPMは音楽業界より早いみたいだ。

 「名倉っちはこっちのデザインがお勧めと言ってたんですけど、僕はこれが好きですね。中村さんはどう思われますか?」

 「僕もそう思うよ。」

 「じゃ、決定ということで。」

 あっという間にミーティング終了。僕も出版業界BPMになってきたヨーダ。解散間際にずっしりとした封筒を渡される。

 追加の2曲入りCD制作やら(ヨヨヨに罪の意識は無いと思う。)、
DCT records”PIZZA”のリリース(0516)やら、そのリリースライヴ
(0518)やら、「俺もドリカムだっ!中村正人のオールナイトニッポン」生出演(0601)やら、前日の公開録音やら、『ロックトウサン』シングル(0613発売「きみにしか聞こえない/サヨナラ59ers!」
を収録)のリリースやら、そのプロモーション(吉田さんがあまり得意じゃないTV出演を含む。)やら、THE SUPER DRY LIVE(0628、0630)のリハーサルと出演やら、DWL2007の準備やら、夢かなプロジェクト・バッキングヴォーカルオーディションやら、なにやらかにやらでポンポコ舞なのは重々理解してますが・・・」

 「あのね、なんでヨヨヨがドリカムのスケジュール全部暗記してるの?で、だから?」

 「簡単明瞭に言いますと、名倉っちが『俺ドリ』の残りのゲラを”徹夜”で作って来てくれたので、とっとと校正だけ御願いします。」

 「はい、承知しました。」

 あれっ?!簡単に引き受けちゃった。やっぱりアーティストとしての重厚感に欠けているなぁ。でも「名倉っち」と「徹夜」というキーワードに弱いんだよな。まっ、いっか。

 ってなわけで、いままでのレコーディングでたっくさーんゲットした素晴らしいミュージシャンのパフォーマンスを作品に落とし込むためのエディット作業をしに、一路スターチャイルド・スタジオへ。

 道すがらまた不思議な現象が起きた。

 残る仕事がレコーディング関係のみになると分かった瞬間、僕の作曲した(すでに隠れた名曲との呼び声も高い&夏うたになかなか選ばれない)
「HOLIDAY 〜much more than perfect!〜」が頭の中に流れて来る様になった。

★業務連絡★

『ロックトウサン』シングルのリクエスト大作戦、ドリブロガーの報告によると徐々に盛り上がって来てる様子。リリースまで一ヶ月切りました。もう自分を抑えなくてもいいからね。今回のオフィシャル呪文は
「エコエコ・デナンミ・ビナトスエクリ〜。」

「聞いてね〜話し」がこれだけ続くと、不思議な現象が起きる。

 とんでもなくハードと思われていたレコーディングがそんなに苦じゃなくなってきた。いや、苦じゃないどころか、もの凄く楽しい。

 この現象は、例えば、何か臭いニオイを嗅いで次にもっと臭い匂いを嗅ぐと、最初の匂いが”臭くないように感じてくる”のに似ているんじゃないか。(ああ、なんという程度の低い表現。ご勘弁を。)  

 しかも、ここのところ、すんばらしいミュージシャンが次々とレコーディングに参加してくれるので本当に幸せだ。

 まずは、アマチュア/プロを問わずミュージシャンなら知らな人はいないトップ・ギタリスト、今剛さん。

 ずっと以前から御願いしたかったのだがスケジュールが合わず、やっとこさ実現。(とにかく今さんは忙しい。)リズム・ギターはもちろん、ながーいソロを弾いてもらった。一流とはこういう人のことを言うのです。アレンジャーのリクエストに対してそれを大きく上回る音楽を返してくれて、しかもインスパイヤーまでしてくれる。ドリカム品質の濃度がまた上がる。

 次はクロマチック・ハーモニカの西脇辰弥さん。

 西脇さんと言えばキーボード奏者として有名なのだけれど、ハーモニカでもレコーディングやコンサートで引っ張りだことは(すんません。)知りませんでした。フレーズ一つ一つがメロディアスでソウルフル。スティービー・ワンダーのそれを連想させるパフォーマンスに僕大喜び。たった2回通しただけでOKテイクの完成。こういうレコーディングを僕とEdはペインレス・レコーディング(無痛録音)と呼んでいる。

 さて、本題の「聞いてね〜話し」の最終回(を強く希望)。

 このドリブログ、書籍化のために強制的に365日連続更新を目指すわけだが、思ってもいないほど世間では話題になっていたらしく、なんとなんと、一周年を記念して、0601(金)25時〜27時、「俺もドリカムだっ!中村正人のオールナイトニッポン」と題して全国36局ネット(日本全国のドリブロガーに届きます。)での生特番が決まったらしい。これは業界的にはすんごいことで、さすがの僕もビックラこいてしまいました。

 それだけで驚いてはいけない。前日の0531にはニッポン放送のB2イマジンスタジオで番組のための公開録音が行われるそうだ。(なんかまだ他人事。詳しい情報はyorimoさんとオールナイトニッポンさんまで、だそうです。)

 それもこれもドリブロガーのみんなの忍耐強いアクセスのおかげ。0601の「俺もドリカムだっ! 中村正人のオールナイトニッポン」は、ドリブロガーに捧げます。

 てなわけで、引き続き「ふんばりま〜っす!」

「いままで、まささんにはお話ししてなかったんですが・・・。」

 見た事も無いような真剣な表情で、A嬢が話しはじめた。

 「実はドリブログの書籍化にあたって『ドリブログ書籍化”実行”委員会』から一つ条件が出されまして・・・。」

 「だから、日記風エッセイにするために縦書きにして、そのために時間があれば校正もやってるし、まだ何かあるの?」

 「やはり出版のプロの方達の正直な意見としては、それだけでは商品力が弱いと。わたくしもドリカムのチーフ・マネージャーとして同意見でして、会社としても赤字にはできませんし、失敗してまささんの評価を落とすわけにもいかず・・・。」

 「だ、だから、どんな条件を呑んだの?」

 「最低2曲入りのCDを付けさせてもらいます。」

 「な、なぬー!」

 「ミュージシャン作家だからこそ出来るCD付き日記風エッセイという条件でございます。」

 「え、ええー!」

 「この方法以外、出版の実現はなかったのです。あんだけご自分で書籍化話を振っておいて、今更実力不足で出版出来ないなんて、これだけ応援してくださってるドリブロガーのみなさんに言えますか?ドリカムワンダーランド・イヤーなのに後僅かな努力ができないから夢を諦めたなんて、『夢かなプロジェクト』を楽しんでるワンダーベイビーズに言えますか?わたくし、まささんの事を思えばこそ、心を鬼にしてこの条件で決定したのでございます。」

 「はぁ?結局、決定したのキミじゃない!」

 「そうとも言えますわぁ〜、ほほほほほ。」

 「でもスケジュールも無いし絶対無理。現在進行中のレコーディングで精一杯だし。」

 「あの、レコーディングのスケジュール、よくご覧になりましたか?いつもと何か違いませんか?」

 「あれ?予定曲数のわりには期間が長い・・・って、まさか!!!」

 「はい、そこで2曲レコーディングして頂きます。ほほほほほ。」

 「えっ!えっ!聞いてね〜よ!どっ!どっ!どういうこと〜!?」

 つづく。

★業務連絡★

今日のドリブログ、内容に多少脚色あり。どの部分とは言わないが、腹黒い中村正人に騙されてはいけない(ここのところ、ちょっと油断してたでしょう?)。とはいえ、ハードスケジュールはまぎれも無い事実。

ドリカムのレコーディングは引き続き順調。今日はスーパー・スペシャルゲストを迎えて、完璧印の至福のレコーディング。この二人が一緒にいるのを見てると、「あー、音楽やってて本当によかったなぁ。」と心の底から思う。全てに感謝。ありがとう。

Thank you!!! My master, Mr. David T. Walker!!!

ヨヨヨから突然告げられた衝撃の事実に、僕の頭はフリーズした。

 「あれ?ドリブロ本のタイトル決定した事、A嬢が伝える役でしたよねぇ。」

 ヨヨヨの問いにA嬢が何食わぬ顔でこう答えた。

 「え〜と、そうでしたよね。ほほほほほ。」

 「中村さんに、まだ、伝えてなかったんですか?」

 「え〜と、そうなんですよ。ほほほほほ。」

 「な〜んだそうだったのか〜。ってなわけで、中村さんの指示通り『ドリブログ書籍化”実行”委員会』で決定させて頂きました。で、そのタイトルは・・・」

 
『僕の指示通りにしたって?!』
開いた口が塞がらなくなってヨダレが出そうになっていた僕は、A嬢の腕を引っ張って有楽町の街へ飛び出した。

 A嬢の説明は以下の通り。

 「ドリブログ書籍化”実行”委員会」結成直後、ドリブロ本のタイトルを決めてほしい旨、僕に伝えた。僕は「OK、任せといて。」と爽やかに答えた。(覚えてます。)数日後、僕がプリプロでパニクっていたのは知っていたがタイトル決定の期限も迫っているので再度要請。僕は
「あのね、名倉さんに言われたプロフィール書くだけでいっぱいいっぱいなのよ。」

と感じ悪く答えた。(それも、覚えてます。)吉田さんの誕生日前日、もう待った無しという事でタイトルについて朝まで激論。僕は
「あのレ〜、そんなに言うんだったらニャ〜、『ドリブログ書籍化”実行”委員会』で決めていいダッチャ〜。だってみんな出版のプロだスィ〜、ボクちゃんそれで結構毛だらけ、コケコッコ〜。イェ〜イ。」
と超ゴキゲンで答えた。(それは、覚えてません。)

 経緯説明を終えて笑みを浮かべるA嬢を見たとき、僕は悟った。

 
「ハ、ハメられた。僕の完敗だ。」

 で、”僕の指示通り”「ドリブログ書籍化”実行”委員会」のみなさんに”決めて頂いた”ドリブロ本のタイトルはこちら。

 
「俺もドリカムだっ!365日の悪あがき」

 
『う〜ん、なかなか良いじゃん。そういえばそもそもドリブログも”俺もドリカムだっ!キャンペーン”の一環として始まったようなもんだし、日記風エッセイという体裁にはピッタリだし。さすが出版のプロの考える事は正しいなぁ。』

 予想に反してまんざらでもなかった僕は、サブタイトルをもう一度良く見直した時、サーッと血の気が引いて行くのを感じた。

 
「365日?!まっとちょってよ!まだ365日まで何日もあるじゃない。あのね、本当マジで真剣にウソ無しで、これから今月末までがヤバいのよ。おそらく人生で最もヤバヤバになる時期なのよ。DWL2007もあるんだよ。僕、自信ないよぉ。」

 困惑する僕にA嬢のだめ押しの一撃。

 「ほほほほほ、何を情けない事をいってるんですか。しかも書籍化に関してまささんがクリアーしなければならないお仕事がもう一つありますのよ。」

「えっ!えっ!聞いてね〜よ!どっ!どっ!どういうこと〜!?」

 つづく。

★業務連絡★

なんていいながら、レコーディング淡々と進んでます。これがドリカムの恐ろしいところ。

PAGETOP