見ているだけで、ウットリする。
勢いで購入した観葉植物(ドリブログ1104)、こんなに元気になりました。
でも、カーテンは買った時のまんまで、相変わらず、しわくちゃ。
重力を信じて、気長に、待ちましょう。
それにしても、なんていう名の、植物なんだろう。名前が書いてあるステッカーの上に、正札が張ってあったから、精算した時に剥がされちゃった。
サラダにして食べたらおいしそう。いや、いけないいけない。そんな、不謹慎な。
DIYストアーで見つけた時は、鉢一杯にパンパンに張った根が痛々しかったのだが、大きい鉢に移したとたん、ご覧の通り。
日光もあまり良く当たらない店内にあったせいか、アパート室内の僅かな光でも、すくすく育っている。タフなヤツだ。
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写真には写らなかったけど、この鉢も久しぶりに植物を植えてもらって、なんだか嬉しそうだ。
と、いうのは、6年ぐらい前、最初に植えられた木があっという間に枯れてしまってからというもの、ただ土が入ったままで、ずっとほっとかれていたからだ。そんな状態のまま、2回も引っ越しを経験した鉢も、あまり、無いだろう。
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仕事柄、いろんな所に泊まる事がある。
そのほとんどの部屋に、様々なコンディションの観葉植物が置かれている。
見事に手入れされてるものから、確実に数週間は水を与えてもらっていないであろうもの。中には、枯れてしまってそのままベランダの隅に置き忘れられているものまで。
サービスの行き届いたホテルなら、観葉植物の心配は無い。(心配しても一週間でそっくり取り替えられてしまうゴージャスなホテルもある。)
しかし、バハマで滞在していた部屋の様に、そのほとんどが瀕死の状態で放置されている観葉植物もある。
実際、もう、誰も「観葉」していない。ベランダは観葉植物の墓場と化していた。
或る日、僕は、たいして意味も無く、その観葉植物達の世話を始めた。
もちろん、「生き物を大切にしよう。」とか、「植物だって生きる権利がある。」とか、「このままじゃ、植物ちゃん達がかわいそう。」なんてことは、さらさら考えもしなかった。
ただ、適度に水をやり、枯れた葉を取り除き、鉢の中の土を整え、絡み付いた葉をキレイに整理しただけ。なんせ、一ヶ月も滞在したので、暇つぶしにも最適だった。
ところが2、3日後、死にかけた観葉植物達がみるみる新しい芽をふき出した。腐りかけていた葉が回復し始めた。萎れていた茎がピーンと立った。墓場に無造作に山積みになっていた、枯れているとしか思えなかった植物が、どんどん息を吹き返した。
それ以来、僕は、観葉植物の「虜」になった。
名前なんか全然知らない。栽培に関する専門的な知識も無い。ただ、彼等の美しい緑の葉を見ているだけで、ウットリしてしまう。(ひょっとしたら長ネギにウットリするのも、同じ理由かも。)
ってなわけで、東京の家も、10年以上生き続けている観葉植物達で溢れている。今年の夏も、半年以上枯れたと思っていたヤツが、新しい芽を出したので、本当に嬉しかった。
だから、この新しいアパートに、観葉植物が「ある」というのは、僕にとって、おっきな、おっきな意味がある。僕のここでの生活が、正式に始まったことを意味する。
しかも、お店で出会った時より、元気になったなんて!