ジョシュ
DCTgardenのアナログな「ガーデン・ゲート」の一つが、ニューヨークのダウンタウンにある「sumile(スミレと読む)」。
フード・アーティスト、ジョシュ・ディケリスの創作ディッシュを具現するステージとしてオープンしてから、この秋で3周年を迎える。
今では、すっかりニューヨーク注目の若手シェフとして有名になった彼は、沢山のテレビ出演やインタビューで多忙を極めている。
なんてったって、今、ニューヨークはシェフ達がホット!ホット!。
そんなジョシュが、sumileの更なるブラッシュアップのために、彼の右腕のクリス(左)、マネージャーのエリック(中央)と会議をしている現場に潜入した。
彼の話によれば、年末を目指していくつかの改良を加えるらしい。めっちゃ、楽しみだなぁ。
東京にもsumile TOKYOが近々オープンするし、増々、ジョシュから目が離せなくなって来た。
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出会った頃のジョシュは、ちょー有名シェフのもとで働きながら、自分の創作したディッシュを、「いつかは全世界の人たちに楽しんでもらいたい!」と燃えまくっている、スケート・ボーダー・シェフだった。
当時(今ほど日本食がブームになるずっと以前の頃。)彼が次々に生み出す、今まで経験した事の無い革新的な味が、かなり保守的と言われるアメリカの食文化のなかで、どこまで通用するかは全く未知数だった。
欧米人には馴染みの無かった「だし」を大胆に取り入れ、フレンチと日本食を融合させながら、全くオリジナルの「Modern Japanese」スタイルを作り上げて行ったのだった。
時を同じくして、アメリカで活動を始めたばかりの僕たちにとって、巨大な壁に穴を開けようと頑張る彼の姿が、自分たちと重なって見えたのは言うまでもない。
彼が、「前世は日本人だったに違いない!」と言って憚らないほど日本食を愛しているのと同じ様に、僕らも、欧米の音楽を聞いて育ち、今なお愛している。
僕たち日本人が、「洋楽」の国の一つアメリカで、「あなた達の音楽を聞いて育った日本人が生み出した音楽を、是非聞いて欲しいんです!」と言った所で、「何言ってんの?あなたたち日本人なんだから、自分の血にある音楽をやりなさい。三味線とか、太鼓とか、素晴らしい音楽があるじゃない。」と、取り合ってもらえないことが多い。
ジョシュも、最初は似た様な境遇だった。「アメリカ人のシェフが、日本料理なんて作れるはずが無い。」
しかし、ここが重要なんだけど、ジョシュは日本料理を作ろうとはしていないし、僕らも「洋楽」をやろうとは思っていない。
愛して止まない「もの」、強く強く影響を受けた「もの」を最大限にリスペクトしながら、その「もの」をベースに、頑張って頑張ってオリジナルの作品を作り上げ、最終的には皆に楽しんでもらいたい。
ジャンルは違えども、これがジョシュやドリカムの夢なのである。
DCTgardenは、そんなアーティストたちが集う庭なのだ。
そんなわけで、ジョシュは、確実に一つ一つの夢を叶え歩き続ける。
ドリカムも、それに負けない様に、頑張るのだ!
それにしても、ドリカムのアメリカ・ツアーの時、ジョシュがご飯を作ってくれていたなんて、とってもラッキーチャチャチャウー!!!